STRAIGHT UP — NO SUGAR COATING

「言語化が苦手」という、
たいへん便利な免罪符

率直にお申し上げます。

AN HONEST DISSECTION

「言語化が苦手」という、
たいへん便利な免罪符

言語化が下手な人間というのは、面白い。

01免罪符としての「言語化が苦手」

言語化が下手な人間というのは面白い。何を聞いても要領を得ない。何を説明させても話が飛ぶ。何かを主張しているようで、よく聞くと感情しか置いていない。

しかも、その状態を指摘すると「うまく言葉にできない」と言う。便利すぎる。思考がないことを、言語化能力の問題にできるのだから。

頭の中で何も整理していなくてもいい。自分でも何を言いたいのか分からなくてもいい。相手の発言を理解していなくてもいい。「ごめん、言語化が苦手だから」で全部済む。

免罪符とは、人間が発明した道具の中でも指折りの優秀さだ。しかもこれは、本人が自分で自分に発行できる。在庫は無限。有効期限はない。

じゃあ言語化する前には何があるんだという話になる。そこに、この人たちのすべてが書いてある。

02そもそも原文がない

翻訳が下手なら、原文は存在する。説明が下手なら、説明したい内容は存在する。文章が下手なら、少なくとも文章にしたい考えはある。

でも、こういう人間にはそれがない。あるのは「なんか嫌」「そうじゃない」「普通はこう」「私はそう思う」みたいな、脳内に発生した感想の切れ端だけ。それを「考え」と呼んでいる。

考えというのは、感情に主語をつけたものではない。「私はこう思う」から先に進めないなら、それは意見ではなく、ただの感想だ。

なのに本人は、そこに壮大な思想でも宿っているかのような顔をしている。中身を開けてみたら「なんか嫌」しか入っていない。空の箱を両手で抱えて「重い」と言ってくるタイプである。

03会話しているつもりで、一人で連想ゲームをしている

一番厄介なのは、会話の形式だけは成立していることだ。

こっちがAについて話す。すると向こうからBが返ってくる。「いや、それAの話なんだけど」と言うと、今度はC。「だからCじゃなくてAの話をしてる」と言えば、「でもCも関係あるじゃん」。

関係があるかどうかなんて聞いてない。会話には「関係があるものを全部言う」というルールはない。

話題には中心と周辺があって、質問には答えるべき方向があって、相手の発言にはそれに対応する返答がある。そんな当たり前の構造を無視して、自分の頭の中で連想された単語を順番に吐いている。

それで「会話が噛み合わない」と言われても、そりゃそうだろとしか思わない。お前と会話してるんじゃなくて、お前の脳内検索履歴を読まされてるんだから。検索履歴なら、まだGoogleのほうが文脈を理解してくれる。

04「でも私はそう思う」の万能性

そして最終兵器が「でも私はそう思う」。これを出せば、どんな議論でも終わらせられる。

「前提が違う」「いや私はそう思う」。「質問に答えてない」「でも私はこう思う」。「その二つは別の話」「私は関係あると思う」。

すごい。論理を一切使わずに、感想だけで会話を継続できる。もはや意見交換ではなく、感情の耐久テストである。

こっちは「何が正しいか」を話しているのに、向こうは「自分がどう感じたか」を延々と提出してくる。そりゃ噛み合わない。数学の問題を解いている横で「私はこの数字好きじゃない」と言っているようなものだから。

「私はそう思う」は主張ではない。議論から降りるための切符だ。それを切られたこちらは、一人で議論を続けるという奇妙な役割を押し付けられる。

05頭が悪いというより、頭を使う習慣がない

ここは結構重要で、別に知能の問題だけではないと思う。知識がなくても考える人間は考える。頭の回転が遅くても、時間をかけて考える人間は考える。

むしろ怖いのは、普段から一度も自分の考えを点検する習慣がないことだ。「なんで?」と聞かれても「そう思ったから」。「どういう意味?」と聞かれても「そういう意味」。「それってこういうこと?」と聞かれても「いや違う」。

じゃあどう違うのかと聞くと、最初の説明に戻る。これを三周くらいすると、ようやく分かる。こいつは最初から何も考えていない。ただ、その場で最もそれっぽい言葉を出していただけなんだ、と。

脳は使わないと錆びる。錆びた脳に乗っているのは、感想と気分と、その日の天気だ。

06そして本人だけが、それを「個性」だと思っている

ここまで来ると逆に感心する。説明できないことを「感覚派」。話が飛ぶことを「発想が自由」。論点がズレることを「視点が違う」。話がまとまらないことを「一言では表せない複雑な考え」。

何でも言い換えられる。便利だな、本当に。

その調子なら、寝坊は「時間に縛られない生き方」だし、忘れ物は「物質への執着がない」になる。失敗はそのまま「挑戦の記録」だ。素晴らしい。何も改善する必要のない、完璧な人間のできあがりである。

能力の欠如にそれらしい名前をつけたところで、中身が増えるわけではない。ラベルを貼り替えても、箱は空のままだ。

07要するに、言葉の問題にするな

言語化が苦手なのは別にいい。

でも、「何を言いたいのか分からない」「相手の話を理解できない」「自分の主張を説明できない」「前提を整理できない」というところまで全部まとめて「言語化が苦手」で処理するのは違う。

それは言葉の問題じゃない。考えることをサボってきた結果だ。

頭の中で一度も整理していないものを、口から出した瞬間だけ綺麗な文章になるわけがない。ぐちゃぐちゃのものをぐちゃぐちゃのまま喋っておいて、「なんか伝わらないな」と首を傾げている。そりゃ伝わらない。お前の頭の中ですら整理されてないものを、こっちが超能力で復元しろと言われても困る。

だから「言語化が下手」という言葉を聞いたときに、まず確認したくなる。本当に言語化できていないのか。それとも、言語化する以前に何も考えていないのか。この二つは似ているようで、かなり違う。前者なら練習すればいい。後者なら、まず考えるところから始めろ。

少なくとも「私は言語化が苦手だから」で思考停止して、その思考停止そのものまで個性として抱きしめ始めた瞬間、もう何を言っても仕方がない。

言葉が足りないんじゃない。中身を入れてから喋れ。それまでは、黙っていてくれたほうが、世界の解像度は上がる。